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東京高等裁判所 平成6年(ネ)790号 判決

埼玉県三郷市早稲田七丁目一七番地一六

控訴人

永瀬憲治

東京都足立区東和二丁目一五番六-一〇九号

控訴人

日本コンダクター販売株式会社

右代表者代表取締役

永瀬憲治

埼玉県富士見市鶴瀬西三丁目一五番四八号

被控訴人

有限会社水光社

右代表者取締役

小出茂

右訴訟代理人弁護士

山田靖彦

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  (控訴人永瀬憲治の請求)

被控訴人は、控訴人永瀬憲治に対し、金一億四〇一万五二〇六円及びこれに対する平成三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (控訴人日本コンダクター販売株式会社の請求)

(一) 被控訴人は、原判決別紙物件目録(一)ないし(四)記載の鍵盤楽器を製造、販売してはならない。

(二) 被控訴人は、前項の各鍵盤楽器を廃棄せよ。

(三) 被控訴人は、控訴人日本コンダクター販売株式会社に対し、金八四五万五四四一円及びこれに対する平成三年一月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は、第一、二審を通じ、被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二  当事者の主張

当事者の主張は、当審における主張を以下に付加するほか、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人ら

1  原判決は、「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤」とは、ヨナ抜長音階、陽音階及び民謡音階の系列の邦楽を演奏するための五音音階の鍵盤と、陰音階及びヨナ抜短音階の系列の邦楽を演奏するための五音音階の鍵盤を意味するものと認定したが、以下に述べるとおり、右認定は誤りである。

すなわち、本件発明は、邦楽を演奏し易くした鍵盤楽器に関するものであるから、邦楽を演奏し易くする五音音階は、すべて特許請求の範囲に含まれるのである。このことは、本件明細書の発明の詳細な説明中に、邦楽愛好者が精通している前記二系列の邦楽の音階「その他の五音音階」を主体に配列した鍵盤についての記載があることからも明らかである。

そして、「その他の五音音階」には、前記二系列の五音音階以外の、平均的技術者にとって馴染みの薄い五音音階による音楽、例えば尺八五重奏「飾画」(昭和三八年船川利夫作)のような現代邦楽や、日本伝統音楽の音階の一つとされる沖縄(琉球)音階による音楽も含まれるのであり、発明の詳細な説明における前記記載は、これらの音階と陰音階や陽音階等との組合せによって、本件発明の必須要件である「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤を組み合わせた」という要件をすべて満たした鍵盤楽器が実現できることを開示するものである。

2  原判決は、被控訴人製品においては、主に下段の鍵盤を使用して演奏し、上段の鍵盤は、下段の鍵盤だけでは対応できない音階等を演奏する場合に、これと併用して使用するための補助的鍵盤であって、これのみで演奏することを意図したものではなく、下段の鍵盤の配列は陰音階に該当するものの、上段の鍵盤の配列は、右陰音階とは「性格の異なる五音音階」に該当しない旨認定したが、以下に述べるとおり、右認定は誤りである。

すなわち、被控訴人製品は、いずれも「一つの五音音階(陰音階)のみに精通する詩吟愛好家」を対象としたものであって、下段の鍵盤に詩吟愛好家の精通する陰音階「ミ、ファ、ラ、シ、ド」を配列し、上段の鍵盤には、「あらゆる調節、あらゆる音楽に対応できるように」(甲一一、一二)、右陰音階とは性格の異なる五音音階であるその他の五音音階「レ、ファ#、ソ、シ♭(又はラ#)、ド#」を配列したものである。そして、被控訴人製品の上段の鍵盤だけで演奏される邦楽には、例えば「進駐軍の兵隊さん」(茨城のわらべうた、甲二九)や「山原が入っちゃんど」(沖縄のわらべうた、甲三〇)等がある。

また、被控訴人製品が主たる演奏の目的とする詩吟においても、上段と下段の鍵盤を選択的に併用し、上段の鍵盤を主に使用し、下段の鍵盤を補助的鍵盤として使用して演奏することができるものである。

したがって、上段の鍵盤は、下段の鍵盤と併用して使用する単なる補助的鍵盤ではなく、ある一つの性格を有する五音音階の鍵盤を構成するものであるから、被控訴人製品が本件発明にいう「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤を組み合わせた」という要件を満たすことは明らかである。

二  被控訴人

1  本件発明は、邦楽を演奏し易くした鍵盤楽器に関するものであるところ、本件明細書には、邦楽の音階に、西洋音階のファとシのない五音音階と、レとソのない五音音階の二系列の音階があるということしか記述されていないから、日本伝統音楽の音階のすべてが含まれると解することはできない。

なお、控訴人ら主張の尺八五重奏「飾画」は、いわば現代音楽に属するもので、その曲の大部分は、一オクターブを短三度音程四つを重ねた和音の分散和音で構成されており、控訴人らのいうような邦楽ではない。また、琉球音楽は、「日本」の音楽ではあるが、通常の「邦楽」という概念には含まれないものである。

2  控訴人ら主張の「進駐軍の兵隊さん」や「山原が入っちゃんど」等の曲は、いずれも五音音階の曲ではないから、仮にこれらの曲が被控訴人製品の上段の鍵盤だけで演奏可能であるとしても、それをもって、上段の鍵盤を五音音階の鍵盤ということはできない。しかも、被控訴人製品においてこれらの曲を実際に演奏する場合には、下段と上段の鍵盤を併用して演奏するのが通常であるから、控訴人らの主張は失当である。

第三  証拠関係

原審記録及び当審記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤」の意義について

1  本件明細書の特許請求の範囲に記載された「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤」とは、ある一つの性格を有する五音音階の鍵盤と、これとは異なる性格を有する五音音階の鍵盤とを意味するものと解せられるが、このような「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤」の意味内容及び具体的構成については、特許請求の範囲の記載からだけでは明らかではないといわざるをえないので、本件発明の詳細な説明及び図面を参酌して、その意味内容や具体的構成を検討することとする。

2  本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明の目的及び作用効果について、以下の趣旨の記載がある。

(一)「本発明は邦楽を演奏し易くした鍵盤楽器に関する。

従来のピアノ、オルガン、電子楽器等の鍵盤楽器は、西洋音楽の長音階と短音階を構成する七音音階を主体とする配列の鍵盤を有しているが、このような楽器を使用して五音音階を主体とする邦楽の演奏をすると、一オクターブの内で二つの鍵盤が余分になるので、演奏の誤りを生じやすく、不便であった。」(甲一、1欄18~26行)

例えば、「汽車ぼっぼ」、「タ焼けこやけ」、「春よ来い」等のヨナ抜長音階の曲、「かごめかごめ」、「あんたがたどこさ」、「山寺の和尚さん」等の陽音階の曲、「ソーラン節」、「ドンパン節」、「おてもやん」等の民謡音階(尺八音階)の曲においては、西洋音階のフアとシが余分となる(同1欄26行~2欄20行)。

一方、「さくらさくら」、「東京音頭」、「会津磐梯山」等の陰音階の曲、「五木の子守歌」、「浪曲子守歌」、「麦と兵隊」等のヨナ抜短音階の曲においては、西洋音階のソとレが余分になる(同2欄21行~3欄6行)。

(二)「また、邦楽愛好家の実情を考察すると、上記五種類の音階全般を通じて精通する場合は少なく、そのうち一つ若しくは二つの音階に精通することが多い。

本発明はそのような実情に鑑み、上記の邦楽の音階その他の五音音階を主体に配列した鍵盤を有し、これらの性格の異なる音階のうち、邦楽の愛好者が精通している関係にある音階を上下に組み合わせたことを特徴とする鍵盤楽器に係るものである。」(同3欄7~16行)

(三)「上述のように、ヨナ抜長音階、陽音階及び民謡音階(尺八音階)の場合は、西洋音楽のフアとシが余分であるから、第3図に示すように、フアとシを除いた五音音階の鍵盤が考えられ、また陰音階とヨナ抜短音階の場合は、西洋音楽のソとレを除いた第4図に示すような配列の五音音階の鍵盤配列が考えられる。第3図、第4図に示すような配列の鍵盤を有する楽器を各音階毎に用意すれば各音階の邦楽を誤りなく演奏することが容易になるが、複数用意しなければならないから、例えばヨナ抜長音階の曲を演奏したり、ヨナ抜短音階の曲を演奏したりするというときに、その都度楽器を交換しなければならず不便である。

そこで、本発明は、上記のように、邦楽は第3図に示すような系列の音階と第4図に示すような系列の音階の二系列あることに着目し、ヨナ抜長音階、陽音階及び民謡音階等を演奏し易いよう配列した五音音階の鍵盤列1と陰音階及びヨナ抜短音階を演奏し易いよう配列した五音音階の鍵盤列2を二段に組み合わせて構成したものである(第5図)。」(同3欄17~37行)

(四)「本発明の楽器は上記のように邦楽の性格分異なる各種の五音音階の鍵盤を隣接して設けたから、「汽車ポッポ」、「かごめかごめ」、「ソーラン節」、「さくらさくら」、「五木の子守歌」その他のヨナ抜長音階、陽音階、民謡音階、陰音階及びヨナ抜短音階等の邦楽曲を誤りなく演奏することができる。」(同3欄38~44行)

(五)「本発明は以上のように構成され、邦楽を演奏しやすい鍵盤楽器が提供される。」(同6欄3~4行)

3  本件特許請求の範囲の「五音音階を主体に配列した鍵盤を有し、性格の異なる二つの五音音階の鍵盤を組み合わせたことを特徴とする鍵盤楽器」の記載のうち、「五音音階」とは、前記(一)の記載からも明らかなように、西洋音楽の長音階と短音階を構成する七音音階と区別されて一般に用いられているところの一オクターブの中に五つの音をもつ邦楽の音階を意味しているから、「五音音階を主体に配列した鍵盤」とは、この一オクターブの中に五つの音をもつ邦楽の音階を主体に配列した鍵盤を意味するものと理解される。

そこで、前認定の本件明細書の発明の詳細な説明の記載、特に前記(一)~(三)の記載に照らすと、本件発明は、邦楽の音階にはヨナ抜長音階、陽音階及び民謡音階(尺八音階)という西洋音階のファとシが余分となる系列と、陰音階及びヨナ抜短音階という西洋音階のソとレが余分となる系列との二系列があることに着目し、邦楽愛好家が前記五種類の音階のうち一つ若しくは二つの音階に精通していることが多いという実情を考慮して、これらの系統化された二つの系列の五音音階からなる邦楽を一つの楽器で演奏できる鍵盤楽器を提供するという目的を達成するためになされた発明であって、前記(四)、(五)記載の効果を奏するものと認められるから、前記特許請求の範囲記載の「性格の異なる二つの五音音階」とは、必ずしも前記五種類の音階に含まれていないとしても、少なくとも邦楽愛好者が精通している関係にある邦楽の音階、換言すれば、少なくとも邦楽関係者が邦楽の音階として定着していると認めている五音音階、のうちの性格の異なる二つの五音音階を意味すると解すべきである。したがって、「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤を組み合わせた」とは、邦楽の音階として定着していると認められている異なる二つの系列の邦楽の五音音階の鍵盤列を備え、これを組み合わせたことを意味するものと解される。

4  本件明細書の発明の詳細な説明の欄には、「上記の邦楽の音階その他の五音音階を主体に配列した鍵盤を有し、」という記載(甲一、3欄11~12行)があり、この記載部分のみからすると、本件発明の「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤」には、二系列の邦楽演奏のための五音音階だけでなく、「その他の五音音階」ならすべてが含まれるかのようである。

しかしながら、上記記載は、前示(二)で認定した記載の一部であって、この(二)の記載は、「また、邦楽愛好家の実情を考察すると、上記五種類の音階全般を通じて精通する場合は少なく、そのうち一つ若しくは二つの音階に精通することが多い。本発明はそのような実情に鑑み、上記の邦楽の音階その他の五音音階を主体に配列した鍵盤を有し、これらの性格の異なる音階のうち、邦楽の愛好者が精通している関係にある音階を上下に組み合わせたことを特徴とする鍵盤楽器に係るものである。」と説明している記載であるから、これを前後矛盾なく理解するとすれば、「上記の邦楽の音階その他の五音音階」とは、ある邦楽の愛好者の立場からみれば、この者が精通している一つ若しくは二つの邦楽の音階とこの者は精通していないが他の者が精通しているその他の邦楽の五音音階の趣旨で記載されているもの、すなわち、邦楽の愛好家全体を通してみれば、いずれかの者が精通していることになる邦楽の音階を意味するものと解するほかはなく、この記載に続く、「邦楽の愛好者が精通している関係にある音階」との記載は、このことを表現した記載と認められる。

もし、「その他の五音音階」を「邦楽の愛好者が精通している関係にある音階」とは無関係な、本件出願時未だ邦楽の五音音階として定着しているとは認められていない一オクターブ中の任意の五音からなる音階を意味するとすると、本件明細書においては、「その他の五音音階」が具体的にどのような性格の五音音階を意味するのかは開示されていないから、その意味するところは、際限もなく広範かつ不明確なものとなり、本件発明の目的とする「邦楽を演奏し易くした鍵盤楽器」を提供することはできなくなることは明らかである。

控訴人らは、本件発明は、邦楽を演奏し易くした鍵盤楽器に関するものであるから、邦楽を演奏し易くする五音音階は、すべて特許請求の範囲に含まれるのであり、また、日本音楽に使用されている音階は多様であり、本件発明の目的とするところは、一義的に系統化の困難な邦楽においても、上下の鍵盤列に性格の異なる二つの五音音階を組み合わせることにより、各種の邦楽が演奏し易くなる鍵盤を実現しようとするものであり、本件明細書の発明の詳細な説明に示した曲例からも、「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤」とは、実施例に示した二系列の五音音階の鍵盤に限定されるものではない旨主張するが、その趣旨も、未だ邦楽の五音音階として定着しているとは認められていない一オクターブ中の任意の五音からなる音階をも、「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤」に含める趣旨とは認められない。もし、控訴人らの主張がこれをも含める趣旨であるとすると、このような主張が採用できないことは、前示説示から明らかである。

なお、本件明細書の発明の詳細な説明によれば、第10図の実施例に関して、音程関係を保ちつつ上段の音の高さを移動させ、上下の鍵盤を使用して、転調や通常の五音音階では演奏できない曲の演奏を可能にすることが記載され、また、第11図及び第12図の実施例に関しては、他の鍵盤を付加して七音音階を演奏可能にすることが記載されていることが認められる。

この第10図の実施例は、下段に陰音階、上段に民謡音階という邦楽愛好者に知られている性格の異なる二つの五音音階の鍵盤を組み合わせた鍵盤楽器であって、「このような鍵盤列にすれば、ミーファーラーシードーレーミの六音音階の「阿波踊り」や、ミーファーソーラーシーレーミの六音音階の「黒田節」という、・・・通常の五音音階では演奏できなかったような曲も演奏できる」(甲一、4欄32~42行)という、本件特許請求の範囲に記載された鍵盤楽器の単なる応用例を示しているに過ぎないものと解されるし、第11図及び第12図の実施例もまた、本件特許請求の範囲に記載された性格の異なる二つの五音音階を組み合わせた楽器において、「シ、フア及びレ、ソ、シ♭の鍵盤を付加すれば・・・五音音階主体の鍵盤を持つ楽器においても、長音階の「背くらべ」や、短音階の「荒城の月」という、七音音階の曲も演奏可能となる」(同5欄2~15行)という、単なる応用例を示しているに過ぎないものと解されるから、これらの記載をもって、邦楽の音階として認められていない五音音階をも、本件特許請求の範囲にいう「性格の異なる二つの五音音階」に含める根拠とはなりえない。

二  被控訴人製品について

被控訴人製品の構造を記載したものとして当事者間に争いのない原判決別紙物件目録(一)ないし(四)によれば、被控訴人製品における下段の鍵盤はいずれも「ミ、ファ、ラ、シ、ド」の五音であること、被控訴人製品(一)、(二)及び(四)における上段の鍵盤は「レ、ファ#、ソ、シ♭、ド#」の五音であり、被控訴人製品(三)における上段の鍵盤は「レ、ファ#、ソ、ラ#、ド#」の五音であることが明らかである。

すなわち、被控訴人製品においては、下段の鍵盤の五音音階は邦楽愛好者が精通している前記二系列の五音音階のうちの陰音階に該当するが、上段の鍵盤の五音は、本件全証拠によっても、本件出願時邦楽の音階として定着していると認められている五音音階に該当すると認めることはできないから、被控訴人製品はいずれも、本件発明にいう「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤」の要件を充足しないものといわなければならない。なお、検甲第五号証の「邦楽コンダクターミニ」における上段の鍵盤の五音は、被控訴人製品(一)、(二)及び(四)における上段の鍵盤の五音と同一であると認められるが、これが「本件出願時邦楽の音階として定着していると認められている五音音階」に該当すると認めるに足りる証拠はない。

被控訴人製品に上段の鍵盤については、被控訴人製品(一)、(二)の取扱説明書に「詩吟の調節を簡単に弾けるように、下段には、ミファラシドの陰音階の配列。上段にはあらゆる調節、あらゆる音楽に対応できるようにソシ♭ド#レファ#を配列しました。」(甲一一、一二)と、また、被控訴人製品(三)の取扱説明書に、上段、下段の鍵盤の名称をそれぞれ「補助鍵」、「主鍵」とし、「主鍵が5音音階になっており、曲の中で使う確率が非常に高くなります。補助鍵は、音階によっては、特定の鍵がよく使われる場合があります。また、主要音階以外の変種の音階の曲や、途中で移調するような曲を演奏する場合、補助鍵の使用頻度が高くなります。」(甲一三)と、さらに、被控訴人製品(四)のパンフレットに「下段に基本となるミ・ファ・ラ・シ・ド(主鍵)の陰施法(五音階)を配し、上段には4度、5度、並びに陽施法に転調する為のキー、レ・ソ・シ♭・ファ#・ド#が臨時音(補助鍵)として設定されています。その為・・・転調をしながら、あらゆる曲が演奏できるように作られた鍵盤です。」(甲一九)とそれぞれ記載されていることが認められ、これと被控訴人製品の上段の鍵盤の構成によれば、被控訴人製品においては、邦楽を演奏する場合、下段の鍵盤を主たる鍵盤として使用して演奏するものであって、上段の鍵盤は、下段の鍵盤だけでは対応できない音階等を演奏する場合に、これと併用して使用するための補助的鍵盤であり、これのみで、下段の鍵盤の五音音階と性格の異なる五音音階の邦楽を演奏できるものでないことが認められる。

控訴人らは、被控訴人製品の上段の鍵盤だけで演奏される邦楽がある旨、また、被控訴人製品が主たる演奏の目的とする詩吟においても、上段と下段の鍵盤を選択的に併用し、上段の鍵盤を主に使用し、下段の鍵盤を補助的鍵盤として使用して演奏することができるものであるから、結局、被控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属する旨主張する。

しかしながら、控訴人らが被控訴人製品の上段の鍵盤だけで演奏される邦楽と主張するものは、ファ#とド#だけ、ソとラ#(又はシ♭)だけ、あるいはファ#、ド#とラ#(又はシ♭)だけで演奏する曲(甲二八~三〇)であって、もともと下段の鍵盤だけで、あるいは下段と上段の鍵盤を併用して演奏できるものを移調して上段の鍵盤だけでも演奏可能であるとするものにすぎないと考えられるから、このことをもって、被控訴人製品の上段の鍵盤が邦楽の音階として定着していると認められる五音音階の鍵盤に該当しないとの前記認定を左右するものではない。

仮に、本件発明に、上段と下段の五音音階の鍵盤を選択的に併用して演奏するものを含むとすると、音楽は旋律の音程関係を同一にすることにより異なる高さに移調して演奏できるものであるから、従来のピアノ、オルガン等の鍵盤においても、白鍵と黒鍵とを選択的に組み合わせて、邦楽愛好者が精通している前記二系列の五音音階を構成することができる(白鍵だけ又は黒鍵だけで同様の五音音階を構成することもできる。)ことは明らかであり、ピアノやオルガン等も本件発明に含まれると解釈せざるをえなくなるが、これでは、本件発明が特許要件を具備していないことをいうに等しいことになるうえ、一オクターブ中に余分な鍵盤を含むことになり、演奏の誤りが生じやすく、従来技術の改良になっていないから、邦楽を演奏し易くする鍵盤楽器を提供するという本件発明の目的に合致せず、その発明の趣旨にそぐわないことは明らかであるから、このような解釈は到底採用することができない。

したがって、上段と下段の鍵盤を選択的に併用して演奏するものが本件発明に含まれることを前提にして被控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属するとする控訴人らの主張は失当であり、前示のとおり、被控訴人製品は、いずれも本件発明の「性格の異なる二つの五音音階の鍵盤を組み合わせた」との要件を充足するものではないから、本件発明の技術的範囲に属しないというべきである。

三  よって、控訴人らの本訴請求を失当として棄却した原判決の判断は正当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する°

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 山下和明 裁判官 芝田俊文)

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